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【旅行の仕事のイロハ ~ローマ字のスペルアウト~】 [添乗員こぼれ話]

今回の『添乗員こぼれ話』は添乗のお話ではなく旅行会社のお話をしたいと思います。


私が旅行会社にいた頃、まず最初に覚えるように言われたのが、ローマ字のスペルアウトです。

旅行会社では、予約の時に「人の名前」を使いますが、間違えると予約を取り消されてしまったりするので『間違い防止』に名前をスペルアウトすることがあります。


例えば…

『ブログ 太郎』という名前を予約するときにはローマ字を使うと、『BUROGU TARO』になります。

でも電話で予約する時に間違えて、『PUROGU DARO』になったりしないために、

『ビー、ユー、アール、オー…』と言っていく手もあります。

しかしアルファベットを読み上げると、ビーとディー、ピーなど明らかに紛らわしいものがいっぱいあります。

そこで、コードで表すわけです。

Bakerベーカー、Uncleアンクル、 と言うように決まっています。

『ブログ 太郎』さんなら、

ベーカー、アンクル、ロジャー、オーバー、タイガー、エーブル、ロジャー、オーバー、ミスター となります。

ちなみに女性は既婚かどうかは問わないので、『ミズ』と発音します。

このスペルアウトは、予約の時には必須でした。

今はメールやネットが発達しているので使用する機会も減ってしまったのかも知れませんが、私の時代は電話で予約することも多かったので知らないと仕事になりません。

ところで海外のホテルの予約なども国際電話で直接現地に予約するようなことがあれば、このスペルアウト、必要だったかもしれませんが、通常、現地のホテルはランドオペレーターと呼ばれる現地手配会社を通じて予約するか、レップと呼ばれるホテルの日本予約事務所に予約することがほとんどだったので、あまりスペルアウトの機会はありませんでした。

最もよく使うのは、航空券の予約をする時でした。

私の時代には既に、JALならAXESS(アクセス)全日空ならable(エイブル)という、コンピュータの予約システムがありましたが、これらは基本的に『ノーマルチケット』の予約システムですからビジネス客の予約にしか使いません。

観光客の皆様は当然、格安航空券を利用しますから電話でチケットを扱う同業者に予約します。

そんな時に、

「スペルアウトします。」なんて言いながら、お客様のお名前を読み上げていきます。

ただ日本人なら変わった名前でなければ、全ての名前をローマ字で読み上げるのは稀です。

例えば、『鈴木太郎』さんの予約をするときに、

『シュガー、アンクル、ゼブラ、アンクル、…』ってスペルアウトすることはあまりありません。

大抵は、

『シュガーから、ス・ズ・キ、タイガー、タ・ロ・ウ ミスター』って感じで読み上げます。

航空券のブッキングの場合、下の名前「タロウ」はイニシャルで良い時もありますので、

『シュガーから、ス・ズ・キ、タイガー ミスター』なんて読むのが一般的です。

お客様が日本人の比較的一般的な場合はこんな感じで良いのですが、外国人のお客様の場合は基本は全部スペルアウトです。「ローマ字」じゃありませんから…。

私が勤務していた旅行会社は中国人のお客様が多く、商社などで働くビジネスマンの方が経費の節約でノーマルチケットではなく格安航空券で出張に行くときなど電話での予約でスペルアウトをすることになります。

なんせ、Xから始まる名前とか普通にありますからね
(^_^;)

入りたての新入社員の頃、私の前の席に座った先輩が良くこのスペルアウトをしているのを聞いて、

『カッコいい!』って思ったものです。

なんか流れるようにスペルアウトしているの、素人だとカッコよく思えちゃうんですよね。

(本当は大したことしてる訳ではないのですが…www)

そして、私にも初めて電話での航空券の予約をする日がやってきました。

私は緊張しながらも、覚えたてのコードを駆使してスペルアウトしました。

『普通の名前の日本人の皆様の…』 それも 『10名くらい』

『スペルアウトします!シュガー、アンクル、えっと、ゼブラ、えー、あっ!アンクル…』

みたいな感じでつっかえつっかえしながら10名分を読み終えました。

もうスッゴイ緊張の中、それでも読み終えたときには、一種の達成感に酔いしれてました

でも、その後まもなく私の目の前の席の先輩が全部スペルアウトしていたのはお客様が中国人だったからということと、一般の日本人のお客様ならオールスペルアウトなんか誰もしていないということを知り、めっちゃくちゃ恥ずかしかったことを覚えています。

どうりで電話の向こうの方が(優しいお兄さんでした)、声だけなのに苦笑している感があったのを感じたはずです。

きっと…

「ちっ!また、新人にあたっちまった。しかたねぇな、一生懸命やっているし、聞いてやっか…」

ってなところだったんでしょう。

10人分を読み終えて、ちょっと一人前になった様な気になっていただけに事実を知ってホント赤面ものでした。


ご興味ある方は、覚えてみて下さい。何かの暗号で使えるかもしれません(^_^;)

Able   (エーブル)
Baker   (ベーカー)
Charlie  (チャーリー)
Dog    (ドッグ)
Easy    (イージー)
Fox     (フォックス)
George  (ジョージ)
How    (ハウ)
Item    (アイテム)
Jack    (ジャック)
King    (キング)
Love    (ラブ)
Mike    (マイク)
Nancy   (ナンシー)
Over    (オーバー)
Peter    (ピーター)
Queen   (クイーン)
Roger    (ロジャー)
Sugar    (シュガー)
Tiger    (タイガー)
Uncle    (アンクル)
Victory   (ビクトリー)
Whiskey  (ウィスキー)
X-ray    (エックスレイ)
York     (ヨーク)
Zebra    (ゼブラ) 

何故か、チャーリーとかロジャーとか人の名前が多いんですよね。

ちなみにこのコードですが、スペルアウトは他の業界や業務でも結構使用しますよね?

私は、大学時代にアマチュア無線の免許を取ったとき一度覚えましたが、旅行会社で使っていたのとは微妙に違っていました。

(無線は完全に映画の影響でスキー場で 無線機を使いたいだけのために免許を取りました。)

【「とりあえず…」 ~私をスキーに連れてってに夢中だった頃~】

アルファ、ブラボー、チャーリー、… って感じです。

無線局を開設すると自分の局ナンバーみたいのをもらえますが、兄は結構無線をやっていて、よく交信相手に「こちら、JR1YHS、ヤンキー、ホテル、シエラー」なんて言ってたのを覚えています。

何故か、ヤンキーという言葉の響きが今でも印象に残っています。

ヤンキーって何かの蔑称だと思っていたので、こんな世界で普通に使われているのが意外でした。


さて無線以外でもいろいろと使われるスペルアウトのコードですが、ちょっと調べてみたら、この世界では『NATOのフォネティックコード』というのが有名のようですね。

NATOは「北大西洋条約機構」のあのNATOです。

軍事用のコードのようですが、かなりポピュラーの様です。

ちなみに『Y』はやっぱりNATOフォネティックコードでもヤンキーでした。

『NATOのフォネティックコード』


さて旅行業界の話に戻りますが、航空券の予約はパスポートと同じ表記が基本なのでローマ字はヘボン式を採用していました。

一般の日本人でも紛らわしい表記の名前でしたらスペルアウトしたりしてました。

そして、このスペルアウトを大量にかつスピーディーにしなければならなかったのが成田空港での搭乗手続きの時でした。

通常は団体の発券手続きはこんな素敵なところではなく階下の汚い事務所っぽいところでした。
narita01.jpg

団体ツアーの場合、添乗員が全員分の搭乗手続きして搭乗券を発券してもらいます。

そのときにパスポートを航空会社の人に渡して先方のネームリストと航空券面に記載された名前を照合するのに『読み合わせ』をしました。

この時に、先述の『ベーカーから、ブ・ロ・グ、タイガー ミスター』ってのを人数分やります。

多いと何十人分をやるので、これだけで結構疲れます。

100人単位になるともうネームリスト渡して済ませちゃいますが(^_^;)


さて先ほどの私の席の前の先輩は、更に私のミーハー気分を刺激する小技があることを発見しました。

私たち新入社員はコードをまず最初に覚えるように言われ、すぐに普通に使えるようになるのですが、この先輩はお客様にも航空券の予約コードを伝えたりするときにスペルアウトしているのを発見しました。

その伝え方が、旅行業界とは別のコードで言っているのが、妙に『カッコいい!』 って思ったんです。

例えば、Dなら、旅行業界コードは『ドッグ』ですが、先輩はお客様に『デンマーク』って言うわけです。

何だか、この『使い分け』が私には、『グッと来た』んです。
(^_^;)

それからは、私もは必ず『デンマーク』を使うようになりました。
(^_^)

この時期って、仕事のスキルよりこういうカッコよさそうなことに気を取られてること、多かったような…




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【添乗員とお客様の恋が芽生えたかもしれない?】 [添乗員こぼれ話]

ツアーのお客さんが伝染病にかかってしまった!

『コレラで空港閉鎖』かと一時は大変なことになったとパニックになりかけましたが、それは「赤痢」でした。

ひとまず空港閉鎖は免れたものの…

帰国日が明後日に控えた私たちのツアー。 

伝染病病院の先生は退院まで1週間はかかるという見たて…

前回の記事 ⇒ 
【「踊る添乗員さん」 THE・セロリ 北京空港を閉鎖せよ!】

お客様は、きちんと診察してもらって安心したのか、伝染病病院のベッドですやすやとお眠りです。

私も疲れが出てきてベッドサイドの椅子に腰かけウトウトしかけたらガイドさんが戻ってきました。

とりあえずツアーのほうは自由行動にすることでご了解頂いたということでした。

まずは明後日の帰国に間に合うかどうかはとても重要です。

筆談では限界があったし、その辺の見通しをきちんと確認してもらいたかったので、お客様がお休みの間に二人で先生のところに状況の確認に行くことにしました。

はっきりと「いつ帰国できる」とは言ってくれないのですが、少なくとも完治するまで帰国することはできないということでした。

やはり目安は1週間ということでした。

帰国が難しいとなると結構大変です。

現在の中国旅行は15日以内でしたらビザは不要ですが、当時は観光でもビザが必要でした。

個人旅行ならパスポートにスタンプを押すタイプのビザですが、団体旅行の場合には名簿にスタンプを押すタイプです。

従って入出国とも全員一緒でないといけません。

途中で別行動となるとビザを分離するために役所で手続きをしなければなりません。

航空券も団体のチケットなので航空会社にも手続きをしなければなりません。

ガイドさんとそのへんも打ち合わせして、とにかく一度ホテルに戻ることにしました。

やっと落ち着いたので会社に連絡しました。

「恐らく明後日は帰国の許可がおりないから、帰れそうもない」ことを伝えました。

会社からはご家族に事情説明をしてもらうことにしました。

明日の様子を見て明後日の帰国の許可が出ないようなら、こちらに残ってもらうことにしました。

問題は、「私は、ここに残るのか、ツアーについて帰国するのか」

明日の最終日はガイドさんにツアーの日程を案内してもらい、私は看護担当になりました。


翌日は結局進捗がなく、安静にしてもらうだけでした。

翌日の帰国便に搭乗許可が出ることはなく入院中のお客様は残ることになりました。

日本にいるご家族のご希望、ツアーメンバーのご希望により、私も残ることになりました。

空港までツアーの皆様をお見送りし、口々に「よろしく頼みますね」と言われました。


帰国まで私は入院されているお客様の専属添乗員となりました。

もちろん初めての経験です。


さて病院に戻ってお客さんから頼まれたことがあります。

ちょっと小声で、

「はるさん、ちょっとお願いが…」

「はい、何でも言ってください!

今日から、私は〇〇さん専属ですから。(笑)」

「あのぉ、下着、買ってきてくれます?」

「あ、あぁ…。そうですよね。」

「適当に…。わかる?」

「は、はい…、適当に…。」

私は、ちょっと気持ちは後ずさりしていましたが、これも仕事です。

普段は「友諠商店(Friendship shop)」と呼ばれる外国人専用のお土産やさんばかり行っていましたが、そこには下着なんて売ってませんから(お土産用のシルクなら別でしょうが…)、一般のスーパーみたいなお店に出かけました。

女性ものの下着なんか物色していると勘違いされてしまいますので、店員さんに筆談で年恰好とサイズを伝えて適当に見繕ってもらいました。


正直言って病院に居ても特にすることもなく、お客さんとお話するくらいです。

いろいろなお話をしたとは思いますが、今はどんな話をしたかよく覚えてはいません。

面会時間もありますのでホテルに帰って束の間の休息です。

ただ普段は海外に出ると気を張ってますので、こういうのにあまり慣れていません。

何だか本当に疲れてしまって、横になって休んでいたことが多かったように思います。

普段行けないようなところへ行けるチャンスだったのでしょうが、毎日、お見舞いが仕事になっているとテンションも上がらず日頃の疲れが一気に出てきた感じでした。


結局、二人で過ごした北京の日々は5日間くらいだったと思います。

お医者さんからも帰国の許可が下り、無事帰国となりました。

例のガイドさんが空港まで見送ってくれました。

帰りの飛行機の中でお客様はこんなことを言ってくれました。

「毎日、はるさんが来るのを本当に心待ちにしていました。まるで恋人を待つような気持でしたよ。」

私はこの言葉をよく覚えていますが、何て返事をしたかは、まるで覚えていません。

きっと気の利いたことも言えなかったんでしょうね。

でも、あんなにどんよりした気持ちで毎日、病院に通っていた私をそんな風に思っていてくれたのは、とても嬉しく思いました。

やっぱり添乗員って、私みたいな者でも知らない国では頼りにされるんだなって思いました。

それまであまり自信なく添乗業務に携わっていましたが、少し考えが変わりました。

と言っても、急に自信がついたわけではありません。

私が添乗員というだけで、お客様は頼りにしたい対象なんだってことを忘れてはならないってことです。

私は旅行という仕事に携わっていてこんな風に考えていました。

それは、

「お客様は楽しみに来ている、遊びの中にいる方々である」

ということを忘れずその雰囲気を壊さないようにすること、自分が主役ではないから楽しませるのではなく、楽しんでもらえる環境を作って、壊さないこと、

それが大事だと…。


この添乗でのハプニングを経験してから自信がないながらもプロとして、安心感を持ってもらえる添乗員を目指して頑張りました。

ご一緒したいろいろなお客様から

「100万ドルの笑顔だねぇ!」とか、

「はるさんは、いいねぇ。私たちと楽しんでお金もらえるんだから…。」

なんて言われたことがとても嬉しかったです。

だって、とても楽しそうに、嬉しそうに、そんな言葉を頂けたので…。

お客様は、いまここに遊びに来てる、そして何より楽しそう。

そういう光景を見ていられることが、

私がどんなに激務でも旅行の仕事を続けたいって思った、大きな理由かもしれません。


成田空港に到着して、東北のご自宅からお迎えに来られたご家族の方に、ごあいさつして無事お別れできて何よりでした。

もしこのお客様があと40歳お若かったら、恋も芽生えたかもしれない…。

これが中国・北京のコレラ騒ぎの顛末です。





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【「踊る添乗員さん」 THE・セロリ 北京空港を封鎖せよ!】 [添乗員こぼれ話]

添乗に出るといろいろなことに遭遇します。

ある意味トラブルがなかったツアーはあまり記憶に残らないので、後で思い返すと良い思い出ですが、そのときは、その状況から抜け出すために必死です。


さて、そのツアーはあるリーダーの方(オーガナイザー)が、お知り合いの方に声を掛けて組織したツアーでした。

参加者それぞれがほとんどお知り合い同士ですから、ツアー開始時から和気藹々としていて人数も20名程度と、添乗員としては比較的落ち着いて取り組めるツアーです。

私がまだ駆け出しの頃で、あまり難しいツアーを一人で任せるわけにはいけないという配慮があったのだと思います。

オーガナイザーの方はリーダーシップを持ったしっかりした方で、決めたことはメンバーに周知することも徹底され、添乗員サイドも安心できるグループでした。

さて、順調に進んだ日程でしたが、ある日の早朝にホテルの私の部屋にお客様から電話がありました。

添乗員の部屋への電話は様々です。

「お風呂のお湯がでない」「トイレの水が流れない」「スーツケースのダイヤルロックの番号を忘れてしまった」「部屋で飲んでるから一緒に飲もう」 etc.

でも、早朝から電話があるのはあまりありません。

ご高齢の方が多いので、大抵のお客様は早起きです。

ですから、中には「今日はどこへ観光に行くんですか?」なんていうこともあるのですが、その時の電話はそれほどのどかなものではありませんでした。

「は、はるさん… ちょっと来てくれますか…」

ご高齢の女性のお客様だったのですが、明らかに声が苦しそうです。

「どうしましたか?〇〇さん?」

私が電話口で声を掛けると、

「朝からお腹が痛くて…、苦しいんです。」

私は、とにかく様子を確認しようと思い、

「わかりました!すぐお部屋に参りますので、待っていてもらえますか?」


結構、同室のお客様に遠慮する方がいます。

同室の方には声を掛けずに私に電話をしてきたようですが、電話をしている声で目を覚ました同室の方がドアを開けてくれました。

かなり苦しそうな感じでしたので、同室の方に昨日からの様子を聞くと、昨日までは特に変わったところがなかったということです。

私は病気の見立てまではできませんので、ホテルのフロントに電話をして、お医者さんを呼んでもらうように頼みました。

オーガナイザーの方にも状況を電話で連絡を入れると、心配そうに部屋にやってきました。

さて、ちょうどそんなやりとりをしているところに、現地のガイドさんがやってきました。

中国のガイドさんは朝ご飯をホテルのレストランでとる場合があります。

彼もそうで、出発よりも大分早めにきてくれて、本当に助かりました。

彼に事情を説明すると、「すぐ病院に連れて行きましょう。」ということになりました。

オーガナイザーに説明すると、

「とにかく病人優先。ツアーメンバーはホテルに待機しているから、よろしく頼む。」

ということでした。

こういうとき、『オーガナイザーもの』と呼ばれる手配旅行は話が進めやすいです。

これが一般募集のツアーであれば、一般のお客様のお世話もしながらトラブル対応もしなければならずガイドと添乗員が手分けしてことに当たらなければならなかったりして難しい対応を迫られます。


とりあえず一般のメンバーはオーガナイザーの方にお任せして、私とガイドさんでそのお客様を病院へお連れすることになりました。

私がロビーまでおんぶして行くことにしたのですが、ぐったりしている「人」って重いんですよね。

酔っ払いのお世話をしたことある人は体験あるかもしれませんが、体を完全に預けられちゃうと人って重くなるんですよね。

ちょっとよろよろしながら、ロビーからタクシーで近くの病院へ行きました。

ガイドさんが急患扱いで頼んでくれたようで、すぐに診察してもらえました。

中国語が話せない私の代わりに、そのお医者さんに朝からの状況を説明したりしてもらいました。

お医者さんから診察結果をガイドさんが聞くと、私の方に向き直り、

「空港を閉鎖しなければならない事態になるかもしれない…」

なんていきなり物騒なことを言います。

私は、「え?どういうことですか?」

「どうも、伝染病にかかったらしいんです。症状が似ているらしいんですが…。ええと…、ええと、サラリ、サラリって知ってますか?もしこれにかかっていたら、空港閉鎖になるかもしれないよ。」

「ええ?サラリ?聞いたことないなぁ。日本語で何て言うの?」

「ええと。サラリ…セロリ…。」

なんか、『喉まで出かかっているんだけど』って、感じで思い出そうとしてますが、出てこないようです。

「とりあえず、病名は辞書で調べますが、とにかくお医者さんがここでは詳しく調べらないから、すぐに『伝染病病院』に行って欲しいって言ってます。どうしますか?」

えぇぇ!伝染病病院!そんなすごい病気なわけ!どうしますも何も行くしかないでしょう?」

「じゃぁ、病院が救急車で運んでくれるそうですからすぐに行きましょう。」

「わかりました。じゃぁすぐに。」

私は病院に来られて一安心していたので意外な展開に軽いパニック状態です。

今度は病院で車いすも用意してくれたので、おんぶはしなくて済みましたが、いきなり異国で救急車に乗ることになってしまいました。

伝染病病院に着くと、すぐに受付をしました。

ガイドさんが何やら説明を聞いていて、とにかく専門の先生が診てくれるから2階の診察室に運んでくれとのとこと。

救急車は受付が済むと何やら申し送りみたいなのを簡単に済ますと帰って行ってしまい、私たちが運ばなければなりません。

その間もお客様はうーん、うーんと唸っており、朝の様子より更に苦しそうです。

ガイドさんと2階に上がろうとエレベータを探しましたが良くわからず、通りがかりの看護婦さんにガイドさんが尋ねると、この病院には階段しかないとのこと。

暗い廊下の先にある階段が、万里の長城のようにそびえます

小柄な私よりはるかにがっしりした体格のガイドさんにねだるような視線を送ると、彼がおんぶをしてくれました。

2階にあがって私が運んだ車いすにお客様を乗せると、彼はかなりぜいぜいしていました。声を出すのが辛そうです。

きりっとしたベテランの女医さんがいらして診察をしてくれました。

とりあえず診察中はガイドさんと二人で廊下で待っていたのですが、さっきの空港閉鎖のことが気になって聞いてみました。

「思い出しました?さっきの病名?」

「あ、そう、さっき思い出した。コレラって言うでしょ?」

「えーーーーーーー!」

私、あごがはずれそうになりました。

だって、私、思い切りおんぶしてますし…。

コレラって経口感染が主で空気感染や接触感染はほとんどしないようですが、そんな知識がなんてありませんから、またパニックです。

「そんな…。こんなオープンな雰囲気のところで診察してて大丈夫なんですか?」

本当は、自分が感染しないか聞きたかったけど、我慢してそんな聞き方をしたと思います。

「わからないよ。でももしコレラってことだったら、たぶん帰国は無理だよ。ホテルの部屋とか入れなくなるね。」

「…。」

私は朝からの緊急事態の疲れも出たせいか、なんだか急に調子が悪くなってきました。

そんな会話をしていると診察室で先生に呼ばれてガイドさんが説明を聞くことになりました。

どうもコレラという線はないようでした。

ただ他の伝染病が疑われるから検査結果が出るまでとりあえず、隔離病棟へ入院をしてもらうことになるとのことです。

「隔離病棟…」 大変なことになったな…。

血液を採取したりいろいろされた後、とりあえず病室へ案内されました。

もう、今更気にしてもしょうがないやって感じで、どこでもついて行きました。

ベッドに横たわるとお客様はだいぶ落ち着いた様子です。

特に治療をしたわけではないのですが、女医さんの雰囲気が優しい感じで、安心されたのではないかと思います。

とりあえず、検査結果が出るまでここで休んでもらうことをお伝えしました。

「すみませんねぇ。ホントにご迷惑を。」

年配の方ってこういう時にみなさん、大抵、お詫びの言葉を口にされます。

とても辛いでしょうに、他人を気遣うってすごいなぁって思います。

とりあえず先生に安静にしていれば心配がないかどうかを確認してもらいました。

大丈夫そうなので、いったんホテルに戻ってツアーのことを検討することにしました。

しかしながら、お客様は言葉のわからない異国の病院で一人になることが心細そうでした。

そりゃぁ、そうですよね。

ツアーのことも心配でしたが、一人で心細いお客様を残していくわけにもいかず…。

普通は逆だとも思うのですが、何故か、私が病院に残って、ガイドさんにホテルに戻ってオーガナイザーに状況説明をしてもらうことにしました。

私はパニックの上、疲労により判断力が無くなっていたのかもしれません。

ガイドさんには、とりあえずこちらの状況が落ち着くまで、ホテル周辺にいてもらうなどして、午前中の観光はひとまず自由行動か何かにするように段取りしてくれるように頼みました。


さてガイドさんが行ってしまうと、特にやることもありません。

お客様は落ち着いてきて少し話をする余裕が出てきたようで、しきりにみんなに迷惑をかけて申し訳ないと詫びております。

私は安心してもらうように話しかけるくらいしかできないと、ベッドサイドでいろいろ話しかけることにしました。

「検査を受けて心配なければすぐに帰れると思いますが、ちょっと辛抱してください。」

「心配ないですよ。ここは専門病院ですからすぐに良くなると思いますよ。」

「痛くないですか?」

お客様は弱々しい声ではありましたが、朝のパニック状態からだいぶ落ち着きを取り戻して、

「大丈夫です。」とか、

「本当にご迷惑をおかけして。」とか、

そんなことをお話しされていたと思います。

そんな感じで過ごしていると、さっきの女医さんが私を呼びに来て検査結果を説明したいということです。

(やっぱり、私がホテルへ行けば良かった…)

普段ですら言葉が通じなくて苦労するのに、診断結果を聞くなんて専門的なことは私には荷が重すぎます。

そうは言っても中国は漢字の国ですから、筆談という手があります

先生と筆談が始まりました。

先生が書いた字は、「赤痢」でした。

私は赤痢って言葉は聞いたことがありますし伝染病であることは知っていましたが、どのくらいの病気か今一つピンと来ませんでした。

私は治療とか退院とかの文字を書いて、いつになるかを尋ねてみました。

「不明」という文字とともに「1週間」という文字も書かれたので、「はっきりは分からないが、1週間程度は退院にかかりそうだ。」と理解しました。

帰国予定は明後日です。どうなってしまうんだろう…。

とにかく、容態が急変して命に別条があるような重大な状態ではないようですので少し安心しました。

一通り説明を聞いて(書いてもらって)、また病室に戻りました。

とりあえず今後のことはガイドさんが戻ってきてからだということで彼を待つことにしました。

病室に戻るとお客様はスースーと寝息をたてて、眠っていらっしゃいました。

後半に続く(キートン山田風に)




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【パスポートの昨今】 [添乗員こぼれ話]

最後に海外に行ったのはいつだろう…。

仕事で中国に行ったのが最後なのはほぼ間違いないと思います。

旅行会社を辞めたのは30歳ですから、それ以来もう10年以上海外行っていないです(*_*)

添乗をしている頃は、パスポートにはスタンプがいっぱいでしたが、

今はパスポートがどんなデザインかすら知りません。(恥)

ネットで調べてみたら、どうも私が持っていた頃と変わっていないようですね。

passport01.gif

今のパスポートにデザイン変更された頃は、日本人のパスポートが偽造しやすく、高値で取引されていて、『偽造に強い』パスポートとして登場しました。

そんなことで、最近のパスポート事情でも調べてみるかと思って、ネットを調べてみたら、こんな記事に…。

と、その前に…

私は中国旅行をメインに取り扱っている旅行会社で働いていました。

そのため添乗員として行ったところも中国が一番多いです。

既にご紹介の通り、いろんなトラブルにも見舞われてきました。

さて、そこでクイズです。

『中国でパスポートを落とした場合に、どうすればよいでしょうか?』

正解はCMの後で…   なんちゃって、ブログの後半で…。


では、記事です。
  2012/10/3 13:30日本経済新聞 電子版
偽造パスポートを即摘発 法務省、最新装置を配備へ
 法務省は偽造旅券を使った不法入国の阻止に向けて入国管理体制を強化する。従来よりも解析度の高い新型の「偽変造文書鑑識システム」を2015年度までに海外との定期便を持つ国内全40の空港や港などに配備する方針。13年度予算の概算要求に2億3千万円を盛り込み、まず羽田、成田、中部国際、関西国際の四大空港に配備を計画している。


こんな最新の装置を作って大々的に宣伝しなければならないということはパスポートの質だけでは防げていないようですね。

当時は外務省から旅行会社に再三通達がありました。

添乗員は海外でとにかく狙われやすい。お客さんのパスポートを絶対に預かっちゃならん!

というものでした。

実際、J社やK社の添乗員は大量のパスポートを盗まれて業界の新聞などに出ていたものです。

一般のツアーではやりませんでしたが、ツアーの性格によっては大量のパスポートを鞄に入れて常に抱えていました。

うっかり者の私が一度も事故なくできたのは奇跡かもしれません…。


ネットで調べていたらパスポートセンターの

 「パスポート写真の規格と見本」

というページに行き当たりました。これ結構笑えます。

同じ人の顔写真でこんなにバリエーション豊富なのも珍しいでのはないでしょうか?

海外旅行、行きたいなぁ。


ちなみに私がずっと行きたい国だったのが、エジプトです。

ピラミッドを是非見たいです。

piramid01.JPG

それから、インカの空中都市マチュピチュも是非この目で見てみたいところです。

machupichu01.jpg

クイズの答え 
『中国でパスポートを落とした場合に、どうすればよいでしょうか?』
『拾えばいい…』 でした。
 失礼しました<(_ _)>




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【旅行会社営業マンの悲喜こもごも】 [添乗員こぼれ話]

添乗員のこぼれ話ではありませんが、今回は旅行会社の営業マン時代の話を書きたいと思います。

私は20代をほぼ旅行会社の仕事に打ち込んできました。

とても好きな仕事でした。

自分のした仕事に対して直接お客様の反応を知ることができる点、お客様は「『楽しみ』を求めてやってくる」というところが、私が旅行の仕事が好きだった理由だったと思います。

オフィスにずっとこもるのもあまり得意ではないですし、人と接するのも好きでしたし、何より、「同じ仕事が二度とないというくらい、毎日いろんなこと」が起きました。

とても性に合っていました。

実際は大半が胃が痛くなったり、ストレスで逃げ出したくなるような日々ではあったのですが…。

そんな旅行の仕事をしていて一番の私の楽しみは何だったかというと…


もちろん、お客様から私を撮ってくれた写真が同封されたお礼状などを頂くと、この上なく嬉しくはあったのですが、

「一番」

と、問われたら、

「毎月、締める原価計算書の集計値を見るとき」でした。

私たち営業マンは自分が担当したツアーごとに売り上げがいくら、かかった経費がいくら、差し引きの「粗利」がいくらと集計した表を毎月営業部長に提出していました。

私はこの集計表をトータルして自分がいくら売り上げて、いくら儲けたかを知るのが、何よりも楽しみで働く励みでもありました。

営業マンというと「ノルマ」がつきものですが、私の会社はそういうのが比較的「ゆるい」会社でしたが、私は自分なりの目標を設定して、それに到達しているかどうかを確認することが楽しみだったのです。

社長には「君は利益率が高すぎる、もっと安くしないとお客さんに逃げられる」なんて言われていましたが、上司の決裁が下りれば決して意味のない値下げはしない主義でした。

その代り、パンフレットには表れないようなところにもお金をかけたりもしましたし、自分が添乗するツアーはもちろんですが、派遣社員さんに任せる時も現地で自由に使っていいファンドを結構潤沢に設定していました。

派遣添乗員さんは、私たち旅行会社の営業マンよりも添乗員としてはプロフェッショナルです。

ですから、その手腕を私は尊敬もしていましたし、信用もしていました。

ですから、預けたお金以上の喜びをもたらしてくれることを知っていましたし、信用すれば、より「いい仕事」をしようと張り切ってくれたからです。

旅行の仕事は、水商売的な要素があります。

目に見えない、「楽しみ」とか「心地よさ」を売る商売ですので、「データ」では表現できないものがあります。

同じことをしても、Aさんからされると嬉しくてもBさんからされるとさほどでもない、そんなパーソナリティにも依存します。そんなところもこの仕事の魅力かもしれません。


確かに相見積りの厳しい業界ですので値段で勝負しなければならない時もありますが、他社に引きずられて安値を追求してホテルのグレードを下げたりして印象の悪いツアーをやってしまうと、次からそっぽを向かれてしまいます。

逆に一度印象の良いツアーを提供すると、お客様は値段以外の価値を評価してくれます。

幸い、私が旅行会社にいた頃はメインのディスティネーションが中国だったせいもあり、値段では買えない「手配力」みたいなものに価値がある時代でした。

インターネットなんて普及していません。

細かな情報を持っていないと組めない日程とかが存在しましたし、特別料理を提供するときにかけたお金の分だけのグレードを得るにはどうしたらいいかなどのノウハウがありましたので、お客様がリピーターとなってくれました。

私は誰かに褒められなくても、「原価計算書」の結果を見て、「これがお客様から頂いた私の評価」だと思っていました。

だから、それが高ければ嬉しかったですし、低ければ、もっと頑張ろうって思いました。

時には運悪くお客様の意にそぐわない旅行となってしまい、クレームを頂くこともあります。

もちろん自分の手配ミスなどであれば仕方がないのですが、それ以外のクレームには私は絶対に応じないというポリシーも持っていました。

旅行の仕事は形がないし、天気とか、交通機関のトラブルとか、私たちの力ではどうにもならないことで、旅行の良しあしが決まったりすることもあります。

そういう理由で、クレーム(但し、日本人はクレームを「察してほしい」という感じで言ってくることが多いですが…)があっても、結果として望んでいるであろう旅行代金の返金は絶対にしませんでした

話を十分に聞いてしぶしぶでも納得してもらうということになりますが、意見が平行線で決裂してしまうこともあります。


あるとき、何度も私の会社をご利用頂いて旅行されているお得意様が帰国後にお電話したところご立腹でした。

結局のところ「誠意を見せろ」ということになるのですが、いつもの通り、私はその点に関してははっきりとお断りしました。

結局、ご立腹のままで、「わかったよ、じゃぁいいよ!」という感じで電話を切られてしまいました。

私は、その時とても悩みました。お得意様で何度も私の会社を利用して頂いているのだから、理由はともあれ納得させられないなら返金などの対処をとるべきなのではなかったかと…。

上司には話をして、

「対応は間違っていない。それで次がなかったとしても、それは仕方がない。」

と、言ってはもらっていたので、少し慰めにはなったのですが、それでもとても仲良くして頂いていたお客様で、いつも電話ごしに、出発までの「ワクワク感」を伝えてくれる「素敵なお客様」だったので、これっきりになってしまったら…と気に病んでいました。

それでも時候の手紙は欠かさずに出していました。

そのお客様はいつも同じシーズンには欠かさず出かけるのですが、次のシーズンにまた、

「今年もまたよろしく頼むよ」という電話がいつものように入ってきました。

私はその電話が来た時に、本当に涙が出るほど嬉しかったです。

もう、大声で庄屋の店員のように、

「ハイ!よろこんで!」って感じでした。

こういう時、「本当にこの仕事って楽しい!」って心の底から思えました。

上司も一緒に喜んでくれました。


もちろん、こんなハッピーエンドばかりではありません。

私は一度だけ、帰国後のクレームに応じて返金したことがあります。

もちろんツアー代金全額ってわけではありませんが、オプショナルツアー代金はまるごと返金です。

そのツアーはかなり特殊なツアーで、クレーム対象となる項目は、そのツアー参加者はほとんどが暗黙の了解となっているのですが、そのお客様は「特殊なツアー」の見込み客とは全く異なる「一般のお客様」で、そんな暗黙の了解は知らずに参加されました。

確かにパンフレットにはそのことをうたっていません。

私が「暗黙の了解を知っているその筋の人」以外の参加者を想定せずにパンフレットを作成したのが原因です。

明らかにこちらの不手際でした。

私はとても悔しかったですが、(もちろんそんな単純なミスをした自分がです)返金に応じることにしました。


あんなに親しいお客様ですら返金には応じないポリシーを貫いたてきたのに、こんな簡単なミスで返金に応じてしまうとは…。かなり情けなく感じました。

私は本当に「この悔しさは絶対に忘れるものか」と思いました。


以前の記事で、接遇の失敗のことを書きました。
                
ほろ苦い香港の100万ドルの夜景とルームサービス】

あれもとても辛い思い出ではありますが、「仕方がない」と割り切るべき内容でした。

自分の不甲斐なさで情けなく感じたのは、この返金をしたときが一番でした。

「仕方がない」と割り切るわけにはいかない内容でしたから…。

ですから私はパンフレットを作るときには、「お客様が行きたくなるようなものにしたい」という気持ちとともに、それまで以上に細心の注意を払って作るようになりました。


私は旅行会社時代に本当に毎日いろいろな経験をしました。

怒鳴られもしましたしお客様から無理難題を言われて、悪戦苦闘して胃が痛くなることもしばしば。

6畳一間の「ビックリハウス」で、やり場のない怒りを鎮めるために、

【風呂なし・トイレ共同・築不明】
【ツタの絡まるビックリハウス】

押し入れに入った布団の中に頭を突っ込んで、大声で「馬鹿野郎っ!」なんて叫んだこともあります。


決していい思い出ばかりでは無かったのに、とても好きだった仕事です。




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