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【私の入院生活の思い出 幼稚園児の縁台将棋】 [懐かしの話]

私が幼稚園児の時に入院したことをお伝えしたいと思います。

足を骨折し入院した経緯は、【遊動円木(ゆうどうえんぼく)って知ってますか?】の記事に詳しく書きましたのでそちらをご参照ください。


もちろん怪我をしたときは痛かったですし手術前後は水を飲めなくて辛かったり、決して良い思い出ではないのですが、この入院生活、私にとっては悪くない生活ではありました。

飽きてしまうだろうからと父は私に将棋を教えてくれて、入院しているおじさんたちと将棋を指すのが日課でした。

縁台将棋でおじさんたちと盛り上がれたのが楽しかったからです。

幼稚園児とおじさんが将棋を指しているのが面白かったのでしょう。

沢山、まわりにギャラリーが集まってきて、幼稚園児相手に将棋を指しているおじさんを『外野』のおじさんたちがからかったりしているのがとても楽しかったのです。

もちろん勝負にはならなかったでしょうが、おじさんたちもどうせ暇だろうから、盛り上がるように指してくれていたんだろうと思います。

私が勝った時には、ギャラリーはそれはもうスゴイ盛り上がりでした
(^o^)

将棋01.jpg

ただ、一つだけ、病院がトラウマになる日課がありました。

それは毎日やってくる、注射の時間です。

とても太いやつをお尻に毎日やられるわけです。

痛いだけでなく、刺されたところのお肉が固くなってしまうような感じがとても嫌でした。

いつも大声で叫んで嫌がったのを覚えています。

ときどき将棋仲間のおじさんに大声で、

「おじさん!助けて!」なんて助けを求めていました。

退院してもしばらくはギプスをはめて過ごしていましたが、ようやく術後の経過も良くなりギプスが取れる日が来ました。

それも私には衝撃でした。

なんか電気のこぎりみたいな奴でギプスを切るんですね。

その器具を見た時にびっくりしたのを覚えています。

「足を切られちゃうんじゃないか」と真剣に心配しました。

ギプスが取れてからもリハビリをしなければならず、病院に通いました。

母親はさぞかし大変だったろうと思います。足が不自由な私を自転車の後ろに乗せて駅まで行き、そこからバスで病院まで通いました。

病院では「ろう」をどろどろに溶かした中に足をつけるという治療を受けたりしました。

父は、私が松葉づえを使いながら、もしくは手すりをつたいながら、ぎこちない歩き方しかできないのを見て、何度も母に「本当に大丈夫か?普通に歩けるようになるのか?」と、先生に聞いて来いって言っていたそうです。

あんまり何度も言うものだから、さすがに母もしつこく先生に聞くわけにもいかず、

「そんなに心配なら自分で聞いて来い!(怒)」ってキレたらしいですが…。

そんなこんなで、私の入院生活は家族の生活に大きな影響を与えたことと思いますが、無事終えることができました。



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