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【添乗員とお客様の恋が芽生えたかもしれない?】 [添乗員こぼれ話]

ツアーのお客さんが伝染病にかかってしまった!

『コレラで空港閉鎖』かと一時は大変なことになったとパニックになりかけましたが、それは「赤痢」でした。

ひとまず空港閉鎖は免れたものの…

帰国日が明後日に控えた私たちのツアー。 

伝染病病院の先生は退院まで1週間はかかるという見たて…

前回の記事 ⇒ 
【「踊る添乗員さん」 THE・セロリ 北京空港を閉鎖せよ!】

お客様は、きちんと診察してもらって安心したのか、伝染病病院のベッドですやすやとお眠りです。

私も疲れが出てきてベッドサイドの椅子に腰かけウトウトしかけたらガイドさんが戻ってきました。

とりあえずツアーのほうは自由行動にすることでご了解頂いたということでした。

まずは明後日の帰国に間に合うかどうかはとても重要です。

筆談では限界があったし、その辺の見通しをきちんと確認してもらいたかったので、お客様がお休みの間に二人で先生のところに状況の確認に行くことにしました。

はっきりと「いつ帰国できる」とは言ってくれないのですが、少なくとも完治するまで帰国することはできないということでした。

やはり目安は1週間ということでした。

帰国が難しいとなると結構大変です。

現在の中国旅行は15日以内でしたらビザは不要ですが、当時は観光でもビザが必要でした。

個人旅行ならパスポートにスタンプを押すタイプのビザですが、団体旅行の場合には名簿にスタンプを押すタイプです。

従って入出国とも全員一緒でないといけません。

途中で別行動となるとビザを分離するために役所で手続きをしなければなりません。

航空券も団体のチケットなので航空会社にも手続きをしなければなりません。

ガイドさんとそのへんも打ち合わせして、とにかく一度ホテルに戻ることにしました。

やっと落ち着いたので会社に連絡しました。

「恐らく明後日は帰国の許可がおりないから、帰れそうもない」ことを伝えました。

会社からはご家族に事情説明をしてもらうことにしました。

明日の様子を見て明後日の帰国の許可が出ないようなら、こちらに残ってもらうことにしました。

問題は、「私は、ここに残るのか、ツアーについて帰国するのか」

明日の最終日はガイドさんにツアーの日程を案内してもらい、私は看護担当になりました。


翌日は結局進捗がなく、安静にしてもらうだけでした。

翌日の帰国便に搭乗許可が出ることはなく入院中のお客様は残ることになりました。

日本にいるご家族のご希望、ツアーメンバーのご希望により、私も残ることになりました。

空港までツアーの皆様をお見送りし、口々に「よろしく頼みますね」と言われました。


帰国まで私は入院されているお客様の専属添乗員となりました。

もちろん初めての経験です。


さて病院に戻ってお客さんから頼まれたことがあります。

ちょっと小声で、

「はるさん、ちょっとお願いが…」

「はい、何でも言ってください!

今日から、私は〇〇さん専属ですから。(笑)」

「あのぉ、下着、買ってきてくれます?」

「あ、あぁ…。そうですよね。」

「適当に…。わかる?」

「は、はい…、適当に…。」

私は、ちょっと気持ちは後ずさりしていましたが、これも仕事です。

普段は「友諠商店(Friendship shop)」と呼ばれる外国人専用のお土産やさんばかり行っていましたが、そこには下着なんて売ってませんから(お土産用のシルクなら別でしょうが…)、一般のスーパーみたいなお店に出かけました。

女性ものの下着なんか物色していると勘違いされてしまいますので、店員さんに筆談で年恰好とサイズを伝えて適当に見繕ってもらいました。


正直言って病院に居ても特にすることもなく、お客さんとお話するくらいです。

いろいろなお話をしたとは思いますが、今はどんな話をしたかよく覚えてはいません。

面会時間もありますのでホテルに帰って束の間の休息です。

ただ普段は海外に出ると気を張ってますので、こういうのにあまり慣れていません。

何だか本当に疲れてしまって、横になって休んでいたことが多かったように思います。

普段行けないようなところへ行けるチャンスだったのでしょうが、毎日、お見舞いが仕事になっているとテンションも上がらず日頃の疲れが一気に出てきた感じでした。


結局、二人で過ごした北京の日々は5日間くらいだったと思います。

お医者さんからも帰国の許可が下り、無事帰国となりました。

例のガイドさんが空港まで見送ってくれました。

帰りの飛行機の中でお客様はこんなことを言ってくれました。

「毎日、はるさんが来るのを本当に心待ちにしていました。まるで恋人を待つような気持でしたよ。」

私はこの言葉をよく覚えていますが、何て返事をしたかは、まるで覚えていません。

きっと気の利いたことも言えなかったんでしょうね。

でも、あんなにどんよりした気持ちで毎日、病院に通っていた私をそんな風に思っていてくれたのは、とても嬉しく思いました。

やっぱり添乗員って、私みたいな者でも知らない国では頼りにされるんだなって思いました。

それまであまり自信なく添乗業務に携わっていましたが、少し考えが変わりました。

と言っても、急に自信がついたわけではありません。

私が添乗員というだけで、お客様は頼りにしたい対象なんだってことを忘れてはならないってことです。

私は旅行という仕事に携わっていてこんな風に考えていました。

それは、

「お客様は楽しみに来ている、遊びの中にいる方々である」

ということを忘れずその雰囲気を壊さないようにすること、自分が主役ではないから楽しませるのではなく、楽しんでもらえる環境を作って、壊さないこと、

それが大事だと…。


この添乗でのハプニングを経験してから自信がないながらもプロとして、安心感を持ってもらえる添乗員を目指して頑張りました。

ご一緒したいろいろなお客様から

「100万ドルの笑顔だねぇ!」とか、

「はるさんは、いいねぇ。私たちと楽しんでお金もらえるんだから…。」

なんて言われたことがとても嬉しかったです。

だって、とても楽しそうに、嬉しそうに、そんな言葉を頂けたので…。

お客様は、いまここに遊びに来てる、そして何より楽しそう。

そういう光景を見ていられることが、

私がどんなに激務でも旅行の仕事を続けたいって思った、大きな理由かもしれません。


成田空港に到着して、東北のご自宅からお迎えに来られたご家族の方に、ごあいさつして無事お別れできて何よりでした。

もしこのお客様があと40歳お若かったら、恋も芽生えたかもしれない…。

これが中国・北京のコレラ騒ぎの顛末です。





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