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【事故を経験し添乗員が反省した話 プロでありたいと願って人間性を失ってはいないか?】 [添乗員こぼれ話]

【事故を経験し添乗員が反省した話 プロでありたいと願って人間性を失ってはいないか?】
ブログ記事トップ画像_クルーズ船
今回は20代の頃、人生を捧げた旅行会社でのお話を…
それは私が旅行会社でようやく地に足がついて来た頃の添乗でのことです。
私が企画から手配、企画まで携わった中国「三峡クルーズの旅」は大成功のうちに終わりました。
でも実は帰国後の添乗員の私を憂鬱な気分にさせた旅行中の出来事があったのです。

この記事の目次


それは自分で企画から添乗までやった思い入れあるツアーだった

三国志を夢中で読んだ私にとっては三国志を巡る旅は是非とも実現したかった企画でした。

私は当時人気のコースと絡めた企画に張り切っていました。

ブログ記事画像_三峡クルーズ船

蜀の都、四川省成都にある三国志の博物館の館長に同行してもらい三泊四日の船旅の夕食後に会議室で面白いエピソードを披露してもらったり、ラウンジで語らいの時間を共有してもらったり、下船観光時にもいろいろなエピソードを聞きながらの観光が楽しめるものです。

クルーズ船は沢山の船があり、船ごとに下船観光スポットが異なります。

私は徹底的に三国志ゆかりの地にこだわりました。

ほとんどが私のリピーターのお客様に声をかけご参加頂き、めったにない少人数のツアーの添乗が実現しました。

普段は営業マンである私が添乗員として同行できるのはVIPであるとか、大型の団体とか、「手間がかかるツアー」ばかりで少人数の観光旅行に和気藹々と同行できるチャンスはめったにありませんでした。

この「三国志を巡る旅」では、私が企画・集客・手配全部を行いました。

私の仲の良い気心の知れた現地ガイドさんを指名して準備も万端。

お客さんからも

「はるさんが一緒に行ってくれるなら参加してもいい」

という嬉しいバックアップを得て、上司に

「このツアーの添乗は私以外考えられません」

と、食い下がってゲットしたものでした。

ブログ記事画像_クルーズ船


日程遅れで焦る添乗員たち…

ツアーは毎日皆さん楽しんで頂けて上々だったのですが、当時の中国はなかなか交通機関などがスケジュール通りにいかないことがよくあって添乗員泣かせの国でした。

特に三峡クルーズは船旅でそれが顕著でした。

私たちの乗った船も行程が毎日少しづつ遅れており、乗り合わせた添乗員とガイドたちはやきもきしていました。

その年から旅行業法の改正があり、「募集日程に記載された内容を案内できなかったらお客様に規定の罰金を払わなくてはならない」というルールが施行され、添乗員たちは非常にナーバスになっている時期でした。

ブログ記事画像_寄港するクルーズ船


事件は起きた

その日も…

下船観光スポットのある寄港地に着いたのが夕方で、

早くしないと暗くなってしまい「屋外の観光スポットが良く見えない」、なんてことを心配していました。

川岸にはたくさんのバスが並んでいますが、各ツアーの添乗員とガイドたちはあらかじめスムーズなバスへの乗車ができるよういろいろと打ち合わせ、なんとか急いでその日の観光スポットを急ぎ足で見て回ることができました。

普段はあちこちの観光地で会う「同業者」とはある意味競争相手ですが今回ばかりは「みんなで協力しあった」のです。

 ブログ記事画像_バスの前の添乗員

そして夕闇せまる街中を川岸に戻るべくバスは急いでいたのですが、私たちツアーメンバーを乗せたバスの最後尾でガツンと音がしました。

私とガイドさんは反射的にバスの外を見ました。

すると、後ろからバスの横をすり抜けようとしたオートバイが中央分離帯になっている高い柵とバスに挟まれ横転していたのです。

私たちは「ストップ!ストップ!」とあわてて大声でドライバーさんに駆け寄りバスをその場に止めさせました。

私は隣にいるガイドさん(スルーガイドといって中国内の全行程を同行してくれる私と仲良しのガイドさん)に向かって

「代わりのバスを捕まえて!」

と叫んでいました。

彼はびっくりした顔で私の顔を見て

「捕まえるってどうやって…」

「その辺に走ってるバスを貸し切るんだよ!」

「そんなの無理だって…」

ちょっと泣きそうです


早くしないと大渋滞がっ!

私は中国の交通事情からして片側一車線の道路で事故で立ち往生した大型バスがいたらその道路は完全にマヒしてしまうと思いました。

そんなことになったら長時間この町から出れなくなってしまう…。

それでなくても行程が遅れていてお客様は結構お疲れでお腹もすいているはずです。

船のお部屋で汗を流して早く夕食を食べたいでしょう。

バスが立ち往生してしまったら、何時間ここで足止めを食らうかわかりません。

こういうときの中国の大渋滞は日本のそれとは一味違ってどうにもならないのを経験しています


覚悟を決めたガイドさん バスを捕まえに…

無理難題を言っていることは自分でもわかっていましたが私は本気でした。

その気迫に押されたように、スルーガイドの彼は

「わ、わかった。やってみる」

と、言ってくれました。

私たち二人はすぐバスを降りて、反対車線に行き、停車中のマイクロバスの運転手と交渉を始めました。

私は言葉がしゃべれないので、交渉は彼がやりました。

私もそんなことができるかどうかなんて考えてお願いしたわけではなかったのですが、何と!1台目でゲット!できたのです。

ブログ記事画像_中国のマイクロバス

彼は絶対にやってくれると思っていましたが、こうもすぐにゲットしたのには、頼んだ私の方がびっくりでした。

このバスはこの町の工場の送迎バスでした。

工員さんたちを乗せ家路に送るバスだったのです。

時間はちょうど帰宅ラッシュで道路は混んでいたのが幸いしました。

彼は送迎バスの工員さんたちをその場で降ろしちゃってくれてます。

日本では考えられません。

工員さんたちは「いったい何が起きたのか」よく事情を呑み込めなかったのではないかと思います。

正直に言えばドライバーに金を握らせたわけで、お金を受け取った送迎バスのドライバーさんがみんなにいくらかを渡して下車をすぐに仕切って私たち外国人旅行者を川岸まで送って行く気満々です。

(いったいドライバーの彼は会社に対して何て報告したんでしょうか…)


バスに乗り込み いざ!出発

とにかく私はガイドさんにそのバスを手放さないように見張ってもらい急いで立ち往生しているツアーバスに戻り、車内の私のツアーのお客様に大声でバスの乗り換えをお願いしました。

とにかく1分1秒を争うと思っていたので、大急ぎでマイクロバスの方に乗り込んでもらいました。

ツアーバスには私のツアー以外にも同じ船で来たツアーのお客さんもいて、他のツアーに同行してきた添乗員から「一緒に乗せて行ってくれ」と頼まれました。

小さいバスで乗せるゆとりがないのできっぱり断って、

「自分で何とかしてくれ!」

と、返事をしました。

私たち一行は、路上で他の添乗員とガイドたち何組かが、私たちと同じようにバスの窓に向かって交渉しているのを尻目に川岸へとバスを出発させました。

事故が起きてからその間、約10分。

案の定、反対車線は完全に通行止め状態になってしまいました。

私とスルーガイドの彼は椅子にようやく腰かけ、ほっとしてバスの向かう先を見つめていました。

お客様の皆さんも急な事件に「大丈夫だったのかしら?」とか口ぐちに不安やら興奮やらを表していました。

ブログ記事画像_寄港するクルーズ船


事後処理に追われ…

ほどなく無事に船の待つ川岸にバスは到着しました。

乗船するとまずはお客様にお部屋に戻って身支度を整えてもらい、食事の準備ができたらお呼びしますと伝えました。

ご案内が済むと、私は船のレストランに猛ダッシュです。

既に夕食のバイキングの準備が整っている状態でしたので、私のお客様の席をキープしてバイキングの料理も取り分けて皆様がレストランに来ていただいたらすぐに食事ができる状態をスタンバイしました。

そして皆様をレストランにご案内し、食事の時間を楽しんでもらいました。

ひと段落してお客様のテーブルにいき私はインフォメーションしました。

「先ほどの事故のオートバイの方ですが、対応したドライバーさんと連絡が取れまして、大したけがもなく無事であることが確認できました。ご心配おかけしました。」

お客様は安堵の声を上げ、拍手が起こりました。

旅のちょっとしたハプニングとして思い出のひとつなりました。

その後もこのツアーは行程の遅れにひやひやさせられましたが、大成功のうちに帰国となりました。

ブログ記事画像_クルーズ船のデッキ


帰国後の添乗員の憂鬱

帰国後はお客様から写真を添えられたお礼状を沢山いただきました。

ただ、私は帰国後、少し暗い気分になっていました。

私は現地にいる間、

事故を起こしたオートバイの人のことなど一度も心配することはありませんでした。

夕食にインフォメーションした話は私の作り話でした。

オートバイの人が死んでしまったのか、かすり傷で済んだのか、それすら知りませんでしたし、知ろうとも思いませんでした。

正直なところ、どうでもいい情報ととらえていました

私たち外国人を乗せたバスが街中で事故を起こし、現地の人々の生活に大迷惑をかけたこともお金にモノを言わせて生活の足として使っているバスから現地の方々を降ろしてしまったことへの罪悪感も微塵も感じていませんでした

でも、帰国後ふと我に返り、

お客様の満足度を上げるためなら何をしてもいいのかと、ちょっと自己嫌悪に陥りました。

私は一生懸命仕事をしたつもりでしたが、、仕事を一生懸命一心不乱にやると、こんなことにもなるんだなと感じました。

よく会社の不正経理で生真面目そうな経理マンが逮捕されるニュースなんかを見るとちょっとこの時のことを思い出します。

仕事を優先するあまり、世間の常識とか倫理観が飛んでしまうこと…

気を付けたいと私に思わせるきっかけになった事件でした。

ブログ記事画像_夕日と船




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ソーキ焼きそば

こんにちは。
私は添乗員を目指している新卒の者ですが、はるさんの日記を楽しく見ています。今、会社を決めるのに悩んでいます。はるさんはインハウスで勤めていらっしゃるのですか?それとも独立した派遣会社に勤めていらっしゃるのですか?お力添えお願いします。
by ソーキ焼きそば (2012-12-28 22:35) 

はる

ソーキ焼きそばさん、コメントありがとうございます。
私の日記、楽しみにして頂けるとは感謝です。
私は現在は添乗とは無縁な暮らしをしておりますが、以前は完全に独立した会社で旅行会社の営業マンをしていました。
添乗員専門ではなく、添乗員もする営業マンでした。ですからせいぜい年間5,6回の添乗しかしていませんでした。インハウスから私のいた会社に転職してきた人もいました。
by はる (2012-12-30 10:52) 

はる

ソーキ焼きそばさんのリンクアドレスは表示されませんでした。
よかったら、再度ご連絡頂ければご質問等ございましたら、お応えできると思うのですが…。
ご連絡お待ちしております。
by はる (2012-12-30 10:57) 

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